大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)193号の1 判決

原告

山村鉄夫

右訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

被告

浅草税務署長

南袈裟雄

右指定代理人

武井豊

山諸剛二

佐藤康一

中村勝樹

鈴木政之

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五五年八月一日付でした原告の昭和五一年分の所得税の更正及び重加算税賦課決定(いずれも昭和五六年一月三〇日付け異議決定により一部取り消された後のもの。)のうち、総所得税金額二二九〇万八一九五円、所得税額七七三万九四〇〇円を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件各処分の存在

原告は、昭和五一年分の所得税について、別紙一記載のとおり確定申告を行ったところ、被告は、同記載のとおり更正及び重加算税賦課決定を行った。

原告の右各処分に対する不服申立ての経緯は、別紙一記載のとおりである。

2  しかし、本件更正(昭和五六年一月三〇日付け異議決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)には原告に三四一八万八八六三円の株式売買に関する雑所得があったと認定して右金額分総所得金額を過大に認定した点において違法があり、また、本件重加算税賦課決定(右異議決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)にも、法定の要件を欠く違法がある。

3  よって、本件各処分のうち請求の趣旨記載の部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の主張を争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和五一年分の総所得金額は、次のとおりである。

① 不動産所得の金額

九九一万八一九五円

② 給与所得の金額 一二九九万円

③ 雑所得の金額

三四一八万八八六三円

④ 総所得金額(①ないし③の合計)

五七〇九万七〇五八円

したがって、本件更正に係る総所得金額は、右総所得金額の範囲内にあるから、本件更正は適法である。

2  雑所得の金額について

(一) 本件株式等取引

(1) 原告は、自己の計算において、昭和五一年中に日興証券株式会社及び大和証券株式会社に委託して、別紙二記載の合計株数七〇二万株の株式及び債権の売買を行った。

右売買にかかる収入金額は、一五億八五九六万五一四七円、株式等の取得価額(手数量等の経費を含む)は一五億五一七七万六二八四円であり、右売買により生じた所得の金額は三四一八万八八六三円である。

(2) なお、原告は、右取引は原告関連会社九社から受託を受けて行ったもので、その所得は右九社に帰属する旨を主張するが、以下のとおり失当である。

ア 右委託に係る契約書が作成された証拠はなく、右九社の法人税の確定申告書にも本件取引に係る損益についての記載はない。また、原告は、金銭の受託者として行うべき右各会社ごとの貸金の区分管理、収支計算、収支報告等を一切行っていない。その他右九社が原告に本件取引を委託したことをうかがわせるに足りる事実はない。

イ 原告は、本件取引において、原告名義、山村一恵名義を含む右九社以外の名義で取引口座を開設し、余人を介することなく、原告自身で売買の注文、金銭の授受、株券の受け渡し等のすべての取引手続を行っており、証券会社に対し、本件取引が右九社の取引である旨の告知をしたこともない。

ウ 原告は、本件更正等に対する異議申立の段階において、本件取引に係る損益が右九社に帰属するとの主張をしておらず、かえって、右九社及び原告に対する法人税法違反の嫌疑で検察官に取り調べを受けた際、本件取引を原告個人の立場で行ったと述べており、原告は本件取引を自己の取引であると認識していたことが認められる。

エ 本件取引は、原告が、右九社から集めた金員を自由に運用できる立場を利用し、原告自身の裁量、動機に基づいて行ったものであり、本件取引に係る損益は、原告に帰属するものである。

(二) 本件取引における株式の売買回数について

(1) 所得税法九条一項一一号、所得税法施行令二六条一項、 二項、(昭和六二年一〇月政令三五六号による改正前のもの)の規定により、有価証券の譲渡による所得は原則として課税されないが、その年中における株式又は出資の売買の回数が五〇回以上であり、かつ、その売買した株数又は口数の合計が二〇万以上であるときは、右取引は営利を目的とした継続的行為に該当するとされ、右取引による所得は事業所得又は雑所得として課税の対象となる。

右形式的基準は、有価証券の取引が継続的であるか否かを判断する基準としてはかなり高いところに置かれており、右基準を満たさない場合でも諸般の状況に照らせば継続的取引と認定しうるのが通常であるので、納税者にとってはゆるやかな基準であり、有価証券の取引の実態に適合しない結果を招来せしめるものではない。そのうえ、納税者としては、有価証券の取引による所得が課税対象となるかどうかについて強い関心を持っているところ、右基準に該当するかどうかを容易に判断することができて課税所得になるかどうかを予測できるから、当該納税者にとっても便利である。したがって、右形式的基準は合理的なものであるということができる。

(2) 株式売買の回数の算定基準について

一般の投資家が有価証券市場を利用して証券業者に委託して有価証券の売買取引を行う場合、売買の回数は、投資家が証券業者に対して行う委託契約の回数により数えるべきである。

そして、投資家と証券業者との間の委託契約の回数は、銘柄の種類、値段、株数、売付けと買付けの別、注文期間等を要素とする注文の回数に還元することができる。株価は時々刻々変動し、場の気配によって投資家は株式の売買を決意するものであって、注文の日時が異なれば、売買の価格は異なり、投資家の取引の意思も異なるから、注文の日時を異にする委託契約は、別個の委託契約とみるべきである。さらに、同一日時に複数の銘柄の株式の売買を一括した注文した場合は、売付け又は買付けという売買の態様において同じであるから、一つの委託契約とみるべきであるが、同一日時に売付けと買付けの注文をした場合には、両者は、経済的事象として全く異なり投資家の意思内容が異なるから、別個の委託契約とみるべきである。

なお、注文後、前記要素の変更が行われた場合には、当該変更のときに別個の委託契約がされたとみるべきである。

(3) 本件取引における株式売買の回数について

右基準に基づき、本件取引における原告の株式売買の回数を計算すると、別紙二記載のとおり一五六回となる(なお、日興証券株式会社における取引のうち、番号二二番の取引は、証拠上、注文時刻が不明のため、原告に有利なように、午後二時四二分に注文が行われたものとして計算した。)。

右によれば、原告は、昭和五一年中に前記法定の基準を超える回数及び株数の株式の売買を行ったことになる。

(4) 原告は本件取引を行うについて、特別の人的、物的設備を有していなかった。

したがって、本件取引は所得税法上の事業には該当せず、本件取引による所得は、所得税の課税の対象となる雑所得に該当する。

(三) したがって、右(一)(1)の本件取引により生じた所得三四一八万八八六三円は原告の昭和五一年分の雑所得となる。

3  本件重加算税賦課決定の根拠及び適法性について

原告は、本件更正に係る雑所得の計算の基礎となった有価証券の取引を、他人名義、架空名義等を使用して行い、その取引によって得た所得を隠ぺいして確定申告書を提出したものである。これは、国税通則法六八条一項にいう国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいしたところに基づき納税申告書を提出していたときに該当する。

そこで、同条項につき、本件における隠ぺいに係る所得金額(雑所得の金額三四一八万八八六三円)に対応して納付すべき税額二〇九二万八〇〇〇円(端数処理を行ったもの)に一〇〇分の三〇の割合を乗じて重加算税の額を計算すると、その額は六二七万八四〇〇円となるから、その範囲内にある本件重加算税賦課決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張に対する反論1について

①、②の金額を認める。③、④の金額を否認する。

2(一)  同2(一)について

(1)の事実のうち、本件取引を原告の計算において行ったこと、株式売買の注文日時及び本件取引により生じた所得の金額を否認し、その余の事実は認める。(2)の主張を争う。

本件取引は、原告が原告の経営下にある原告関連会社九社(楠本観光有限会社、光陽商事有限会社、横浜起業有限会社、有限会社一福商事、瀬戸観光有限会社、西日本起業有限会社、大栄観光株式会社、松山観光有限会社、有限会社福岡城)から委託を受けて、右九社の計算により信託的に行ったものであるから、本件取引により生じた所得は右九社に帰属する。本件取引のための必要資金は、すべて右九社から拠出された。原告は、右九社の収入を集中し、管理していたもので、右九社は実質的には原告の経営下にある同一企業体であり、本件取引はこれら同一企業体としての事業である。

原告は、本件取引に関し、野口忠男から指導を受け、その謝礼として八〇〇万円を支払った。したがって、本件取引に係る必要経費としては、被告主張の費用に右謝礼金を加えた金額を、本件取引により生じた所得の金額から控除すべきである。

(二)  同2(二)について

(2)の株式の売買回数の判定基準を争う。

有価証券の売買については、①売買益の有無を問わず有価証券取引税が課されており、これによって一応課税の公平が満たされていること、②利益を得る者の数が少なく、大方の者が損失を被っていること、③売買益が雑所得とされる場合には、損益通算の対象とならず、利益の生じた年分のみ課税され、損失を生じても何ら考慮されない不都合を生ずること、④五〇回の売買回数かつ二〇万株の株数による取引のみをもってしては、未だ事業所得を生ずる事業性があるとは社会通念上一般に言い得ないこと等の不合理な事情があり、非課税を原則とする法の下における政令にすぎない所得税法施行令二六条二項の基準の解釈、適用は、租税法律主義を厳格に適用し、以上の不合理を克服するに足りるものでなければならない。

原告のように専門知識を有していない素人の株式売買は、証券会社担当者が主導して、特定銘柄の売買を勧め、これに同意した顧客に対し、市場の値動きに応じて、その都度執行についての了解を電話で受けたうえ、約定に至ることが通常である。したがって、個々の電話や注文伝票記載の時刻が異なっていても、顧客の客観的な委託目的、内容の基本において変更のない限り、これに基づき行われた取引は一つの委託によるものと解すべきである。

東京地方裁判所昭和五六年六月二九日判決(判例時報一〇一六号三頁以下)が、売買回数の判定基準について判示するとおり、①売買回数算定の基礎となる委託契約の個別性については、委託者と受託者間の契約意思内容如何によって決まるものであって、契約締結当時のあらゆる事情を総合して個々的に判定すべきである。②指値が異なったり、注文日時が若干異なっているからといって、成行き注文、計らい注文、冷し玉といった場合もあり得るから、直ちにそれぞれが別個の注文となるものではなく、例えば、前回注文時の価格の半分程度の値段で次回に注文がされるような著しい値段の変更がされた場合に限って、改めて注文がされたものと推認すべきである。③一回の委託契約で二銘柄以上の売買を注文した場合は、委託契約は一個で取引回数は一回である。④当初の委託契約の趣旨が個々の銘柄まで指定していないものである場合には、右委託に基づく売買は併せて一回の取引である。⑤一個の委託注文契約において売りと買いを同時に行ういわゆる乗り換えと称する手持ち株の変更のための注文も、それが同時に行われる限り、一個の注文契約である。⑥同一銘柄については数回にわたって売り又は買いのいずれかが執行されている場合、前後の取引を通じて、注文株数等からみて、それが先の委託契約における残株についての再執行と認められれば、一個の委託契約に基づく売買とみるべきである。⑦注文期間を一か月以内とする実務上の慣例は、証券会社の内部事務処理上の便宜に過ぎないものであって、当事者間の意思に基づく委託契約の内容を制限するものではない。

なお、同一日付における売買については、同一日付に株式を売り付けて、別の株式を買い付ける場合に格別にこれを委託することは先ずあり得ないから、その全部を併せて一回となすべきである。

(3)の事実を否認する。

右各判定基準に基づき本件取引における株式売買回数を判定すると、別紙二の「原告の主張する売買回数欄」記載のとおり、多くとも四〇回を上回ることはない。

(三)  同2(三)の事実を否認する。

(四)  被告は、原告の株式等の売買に関し、昭和五一年分の本件取引について生じた利益に対して課税しながら、昭和五二年分の売買について生じた損失に対しては、これを他の所得金額と通算せず、不問にしている。これは不公平である。

3  同3について

原告が、本件取引に他人名義、架空名義等を使用したことを認めるが、本件取引による所得を隠ぺいしたことを否認する。

原告の行為が国税通則法六八条一項の要件に該当するとの主張を争う。

昭和四一年六月一四日付け国税庁長官通達によれば、国税通則法六八条の「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し」とは、いわゆる二重帳簿を作成したり、帳簿記録の虚偽表示等をしているといった不正事実がある場合とされているが、株式売買において仮名又は第三者名義を用いることは少なくなく、商習慣の一つであり、何ら違法性はないから、右名義の使用が直ちに右不正事実に該当しないことは明らかであり、右通達の趣旨からも、重加算税の賦課要件としては、仮名又は第三者名義を利用して「故意に」売上げその他の収入を隠ぺいする場合でなければならないと解すべきである。

原告は、株式売買の経験も浅く、申告当時、前記施行令の規定する課税要件を了知せず、まして本件株式売買回数が五〇回の形式要件を超えていることを認識していなかった。仮名や第三者名義を使用したのは、株式売買に充てた資金が、原告関係会社の簿外金であったからで、株式売買による課税所得を隠ぺいする目的によるものではない。また、原告は、本件株式売買による課税所得は存在しないと考えて、単純に申告をしなかったに過ぎない。

したがって、本件は、国税通則法六八条一項所定の要件には該当しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二被告の主張1のうち、原告の昭和五一年分の不動産所得の金額及び給与所得の金額は、当事者間に争いがない。

三原告の昭和五一年分の雑所得の金額について

1  本件株式等取引

原告が、昭和五一年中に日興証券株式会社及び大和証券株式会社に委託して、債券及び別紙二記載(ただし、株式売買の注文日時を除く)の合計株数七〇二万株の株式の売買を行ったこと、並びに、原告の右各取引に係る収入金額が一五億八五九六万五一四七円、株式等の取得価額(手数料等の経費を含む)が一五億五一七七万六二八四円であることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、右取引のうち、日興証券株式会社に委託して行った株式の取引の注文日時は、次の取引を除き、別紙二記載のとおりであることが認められる。

しかし、右取引のうち、番号五六番の取引については、右乙第七号証の二三によれば、午後二時四一分に指値について注文の変更が行われたことが認められる。番号六〇番の取引については、右乙第七号証の二八によれば、注文月日が七月八日又は七月九日であることが認められるものの、七月八日であることを認めるには足りない。番号一六一番の取引については、右乙第八号証の八七によれば、最初の注文は午前八時五九分に行われ、午後一時になって、売買株数及び指値について注文の変更が行われたものであることが認められる。

なお、右取引のうち、番号三八番の取引は、右乙第八号証の一五によれば、注文伝票上、受注日が六月一七日と記入されているが、当該注文に基づく取引が六月一六日に成立したことについて、当事者間に争いがないので、右の受注日は、六月一六日の誤記であると認める。

2  取引の主体

原告は、右取引は原告関連会社九社から原告が受託している右各社の金員を以て、右各社のために信託的に行ったもので、その所得は右九社に帰属する旨を主張し、本人尋問においてその旨を供述する。

〈証拠〉によれば、本件取引の財源は右九社の売上金等に由来するものであることが認められるが、しかし、原告は、右各社の実質的経営者であり、右各社の売上金等を必要な経費を控除したうえで、その手元に集中し、原告及び原告の妻個人の金と一括して、右各社ごとの帰属分を区分して把握することなく管理していたこと、右金員について、原告は、自由な用途に使用できる金員であるという認識を持ち、その認識のもとにこれを財源として本件取引を行ったほか、右金員から適宜原告の家族の生活費等の個人的支出を行い、これらの支出の際には、右金員のうち、右各社ないし原告のいずれに帰属する部分につきいかなる金額が支出されたのかを特定すべき処置が何らとられていないこと、さらに、本件取引をすべて精算した後、原告は、本件株式等の売却金をあわせた原告管理の右金員を財源の一部に充てて、原告が役員を勤める東陽メンテナンス株式会社の名義で新宿区所在の土地を取得しているところ、同社の経理上、右取得費が原告個人からの借入金として処理されていることが認められる。

右認定の事実を総合すれば、原告は、原告のもとに送金された右各社の売上金等を原告個人に帰属する金員であるという認識のもとに、これを一括して原告個人のため管理運用していたものというべきであり、本件取引も、原告が、右管理運用していた金員をもって、原告個人の計算でこれを行ったものと認めるのが相当である。原告の前記供述は採用することができない。

したがって、原告の右主張は理由がなく、本件取引による所得は、原告に帰属するものと認めるべきである。

3  本件取引における株式の売買回数について

(一)  売買回数の算定基準

(1)  所得税法及び同法施行令は、有価証券の譲渡による所得については、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得のみを課税の対象とする旨を規定し(同法九条一項一一号イ、同法施行令二六条一項)、その認定基準として、有価証券の売買の回数、数量、金額、取引の種類、資金の調達方法、売買のための施設その他の状況に照らして判断するものとしている(右施行令二六条一項)。そして、右施行令二六条二項において、当該年中における株式又は出資の売買の回数が五〇回以上であり、売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上である場合には、右売買による所得は、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とするとして、右認定基準に関し、売買回数と売買数量に基づく形式的基準を規定している。

右基準は、株式等の売買回数及び売買株数(口数)が多くなれば、それだけ投資の機会が多くなり、その規模も大きくなって、当該取引が営利的、継続的なものとなるということができることを前提とするものと解することができ、かつ、右基準に規定されている売買回数及び売買株数(口数)の数量は、当該取引に営利目的及び継続性を認めるについて十分に多い数量であると認めることができるから、右施行令二六条二項の規定は、所得税法九条一項一一号イ及び同施行令二六条一項の規定の趣旨に適合するものということができる。

(2)  そこで、株式の売買回数の算定の基準について検討すると、まず、投資家が証券業者に委託して株式の売買取引を行う場合には、株式の売買回数は、投資家が証券業者に対してした委託契約の回数によって算定すべきものであり、委託を受けた証券業者が証券市場において行う取引の回数によって算定すべきではないというべきである。けだし、委託を受けた証券業者が行う取引の回数によるとすれば、委託者の予期しない事情によって株式の売買回数が左右されることになって妥当でないからである。

次に、投資家(顧客)が証券業者に対してした委託契約の回数は、結局、当事者の意思解釈の問題であるが、一般的にいえば、この委託契約の回数は、株式の銘柄、値段、数量、売付けと買付けの別、注文の有効期間等を要素とする注文の回数に還元することができるものというべきである。すなわち、株価は時々刻々変動するものであり、注文の日時が異なれば顧客の取引の意思も異なるから、日時の異なる委託契約は別個の契約であり、注文した株式の値段、数量が異なれば、顧客の取引の意思としては別個であるから、委託契約は別個である。また、売付けと買付けとでは、顧客の取引の意思は全く異なるから、たとえ同一日時に売付けと買付けをした場合でも、委託契約は別個である。ただ同一日時に複数の銘柄の株式の売付け又は買付けを一括して注文した場合は、顧客の取引の意思としては売付け又は買付けという一個の意思とみることができるから、委託契約は一個とみてよいというべきである(そうでなければ、同一日時に五〇銘柄以上の株式の売付け又は買付けの委託をした場合には、五〇回以上の委託契約があったものとして、その所得に課税することになるが、一回の取引だけで、営利を目的とした継続的行為があったとみることは不合理である。)。

株式の売買回数は、右に判示した基準によって算定すべきものであり、原告の主張する売買回数算定の基準は、不明確で客観性に欠けるものであって、採用することができない。

なお、〈証拠〉によれば、本件取引は、概ね、証券業者側からの電話等による売買の勧誘を原告が承諾するという形で取引の委託が行われた事実を認めることができるが、このような形で行われる取引における売買回数の認定について右と異なった基準を採用すべき根拠はない。   (二) 本件取引における株式の売買回数

前記三1の認定の本件取引における売買状況に、右の(一)基準をあてはめて本件取引における売買回数を計算すると、日興証券株式会社における株式の売買回数は被告主張のとおり一四九回となる(なお、番号二二番の取引については、証拠上、注文時刻が不明のため、原告に有利なように、これを午後二時四二分として計算する。)。

大和証券株式会社における株式の売買については、各売買の注文の日時を認定するに足りる証拠がないが、前記三1認定の各売買成立日及び売り買いの別の状況に右(一)認定の基準をあてはめると、各番号の株式ごとに別個の委託契約があったものと認めることができるから、右会社における株式の売買回数は被告主張のとおり七回となる。

よって、本件取引における株式の売買回数は、右を合計した一五六回となる。

(三)  本件取引における株式の売買回数は右のとおり一五六回であり、売買株数は前記認定のとおり合計七〇二万株であるから、本件取引は、所得税法施行令二六条二項に規定する、当該年中における株式又は出資の売買の回数が五〇回以上、売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上である場合に該当し、本件取引による所得は、同法九条一項一一号イに規定する所得として、課税の対象となる。

そして、被告の主張2(二)(4)前段の事実については、原告においてこれを明らかに争わないから自白したものとみなされるところ、右事実によれば、本件取引は所得税法上の事業には該当せず、本件取引による所得は、所得税の課税の対象となる雑所得に該当することになる。

4  野口忠男に対する謝礼について

原告は、本件取引に関し、野口忠男に謝礼八〇〇万円を支払ったとして、これを本件取引に係る経費として主張する。

しかし、成立に争いがない乙第二〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本訴本人尋問において、原告と野口との間で、本件取引に関して、謝礼を供する約束等が行われた事実はない旨を述べているのに対し、審査請求の段階では、本件取引により得た利益を野口と折半する約束があった旨を述べており、原告の右謝礼に関する供述は、重大な事実について一貫性を欠いていることが認められるから、これを信用することができない。また、〈証拠〉によれば、右野口が、審査請求段階で、原告から本件取引に関し、謝礼として八〇〇万円を受領した旨を述べていることが認められる。しかし、右証拠における野口の供述によれば、本件取引に関して野口が原告に対して行った助言の内容は、野口が同人の商品取引を業としている知人から勧められた銘柄を原告に勧めたというものであり、謝礼等については、利益が出たら少し呉れるという程度の話があったにとどまるというのであるところ、右の程度の情報の提供の謝礼として、具体的な約束がないのに八〇〇万円もの金員を支払うことは通常あり得ないことである。また、右証拠によれば、野口は、右八〇〇万円の使途については、預金等にすることなく、同人の部下と五人位で飲んだり、衣服を買ったりして全部使ったもので、右八〇〇万円について確定申告を行った事実はない旨を供述しており、右使途は八〇〇万円もの金員の使途として不自然である。そして、野口の供述する右八〇〇万円の支払については、これを裏付けるに足りる客観的証拠は何ら存在しないことが認められる。右各事情に鑑みると、野口の供述も、にわかにこれを採用することができない。

したがって、原告主張の謝礼の支出の事実は、これを認めるに足りる証拠がないから、原告の主張は失当である。

5  なお、原告は、昭和五二年分の売買について生じた損失を他の所得金額と通算しないことを不公平であると主張する(被告の主張に対する認否及び反論2(四))が、原告の株式の取引に係る所得が雑所得に該当することは前記のとおりであり、したがって、右取引上損失が生じても、これを他の所得との間で損益通算すべき法的根拠は存在しないから、右主張は失当である。

6  以上によれば、本件取引による所得は原告の昭和五一年分の雑所得となり、雑所得金額は、右取引に係る収入金額一五億八五九六万五一四七円から右収入に係る株式等の取得価額、手数料等の経費一五億五一七七万六二八四円を控除した三四一八万八八六三円となる。

四原告の昭和五一年分の不動産所得の金額及び給与所得の金額が被告の主張1①、②のとおりであることについて当事者間に争いがないから、原告の同年分の総所得金額は、右認定の雑所得金額及び右各所得の金額を合計した五七〇九万七〇五八円となる。

したがって、本件更正処分に係る総所得金額は、右総所得金額の範囲内にあるから、本件更正は適法である。

五重加算税について

課税の対象となる所得を生ずべき株式等の取引を他人名義又は架空名義で行った者が、右取引により所得を得ていることを認識しながら、これを申告していない場合には、特段の事情がない限り、右所得の発生又は帰属を隠ぺいすることを一つの目的として右のような名義を使用したものと推認することが相当である。

前記三1記載の各証拠、〈証拠〉によれば、原告は本件取引のうち、日興証券株式会社における番号六、七、一七の取引についてのみ、原告名義を使用し、その他の売買は、他人名義又は架空名義を以て行っていたこと及び右他人名義又は架空名義の使用は、原告自身の指示に基づくものであることが認められる。そして、右各番号の取引は、いずれも株式の買付けであるから、本件取引の外形上、原告名義の取引によっては、原告に所得が生じていなかったことになる。

他方、前記三2認定の諸事情を総合すれば、原告は、本件取引による所得が原告に帰属するものであることを認識していたものと推認することができ、また、原告が本件取引による所得を確定申告していないことは弁論の全趣旨により明らかである。

右認定の各事実を総合すれば、原告は、所得の発生又は帰属を隠ぺいする意図のもとに株式等の売買を他人名義又は架空名義で行い、原告に株式等の譲渡による所得が生じていないかの如き外観を創出したうえ、現実に生じた右所得を確定申告していなかったものと認めることができるから、本件は、国税通則法六八条一項所定の「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するものということができる。

右認定事実に反する事実を前提とする原告の主張は、採用することができない。

そして、本件重加算税の税額は、適法な本件更正に基づき原告が納付すべき税額に同法六八条一項(昭和六二年九月法律九六号による改正前のもの)所定の一〇〇分の三〇の割合を乗じて計算した金額に相当することが認められるから、本件重加算税賦課決定は適法なものというべきである。

六よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官山﨑恒及び裁判官中山顕裕は、いずれも転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官宍戸達德)

別紙一

(単位 円)

順号

区分

年月日

総所得金額

所得税額

重加算税額

確定申告

52・3・14

二二、九〇八、一九五

七、七三九、四〇〇

更正及び賦課決定

55・8・1

六八、六六五、三五六

三〇、八一八、三〇〇

六、九二三、四〇〇

異議申立て

55・9・30

二二、九〇八、一九五

七、七三九、四〇〇

異議決定

56・1・30

五三、九九七、六一五

二六、七八〇、四〇〇

五、七一二、三〇〇

審査請求

56・2・27

二二、九〇八、一九五

七、七三九、四〇〇

審査裁決

57・10・18

(棄却)

別紙二2〜7〈省略〉

別紙二

日興証券(株)における取引―1

番号

銘柄

現物・信用の別

売り買いの別

注文

成立

被告の主張する

売買回数

原告の主張する

売買回数

日時

株数

(千株)

指値

(円)

月日

株数

(千株)

単価

(円)

月日

時分

回数

備考

回数

備考

1

中外製薬

現・買

4.7

17:30

10

成行

4.8

10

615

1

1

2

4.8

14:57

10

4.8

10

640

2

3

4.9

10:54

20

4.10

8

659

3

1

658

11

660

4

4.10

12:00

20

成行

4.12

20

679

4

5

帝国通信

4.21

13:44

20

584

4.21

4

583

5

2

12

584

1

580

3

582

6

4.21

13:44

10

585

4.21

2

583

8

585

7

日本石油

4.26

14:18

30

成行

4.26

30

380

6

3

8

4.28

14:05

70

4.28

48

387

7

22

386

9

大和ハウス

5.10

13:30

50

成行

5.10

16

585

8

4

3

584

10

5.11

8:54

31

585

5.11

10

585

9

21

585

11

現・売

5.26

12:05

50

成行

50

623

10

5

乗り換え取引かつ

一連の取引である

ので1回とすべき

である

12

パイオニア

現・買

5.26

12:05

10

5.26

10

3,160

11

13

帝国通信

現・売

5.27

10:27

10

5.27

5

710

12

2

711

3

714

14

5.27

10:27

20

715

5.27

2

711

10:45  14:00

4

710

指値変更

14

700

15

パイオニア

現・買

5.27

13:27

3

成行

5.27

3

3,190

13

16

5.28

9:21

3

5.28

3

3,210

14

17

5.28

12:11

10

5.28

10

3,230

15

18

5.28

12:11

4

5.28

4

3,230

19

中外製薬

信・買

6.1

13:15

20

778

6.1

20

778

16

6

同一日の取引であ

るため1回とすべき

である

20

6.1

13:25

10

775

6.1

10

775

17

21

6.1

14:42

10

成行

6.1

10

775

18

(受注時刻

不明のため)

22

6.1

不明

10

6.1

10

775

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例